持続可能な社会を作りたい。

自然と美しく生きる社会をつくる。

地球環境への人々の関心と危機感が高まる中、世界的に注目を集めている石坂産業。先見性のあった創業者とその意志を継ぐ現代表が中心となって行ってきた先進的な取り組みは、廃棄物処理のあり方を変え、業界のイメージを変えてきた。同社が業界に先駆けて実現した全天候型独立総合プラントは、風力や篩(ふるい)を使って廃棄物を分別する革新的な方法で、減量化・再資源化率98%を達成。それまで埋め立てか焼却するしかなかった廃棄物の新たな可能性を切り拓いてきた。

同社ではこうした自らの取り組みを積極的に公開し、国内のみならず海外からも見学者を受け入れている。さらに「環境問題の根本的な解決は、人々の意識を変えること」という考え方で、本社とプラントのある周囲の広大な敷地を里山として整備。幅広い観点から環境教育にも取り組んでいる。これからの石坂産業が目指すのは、人と自然と技術が共生する暮らし。その志は、同社が掲げるコーポレートスローガン「自然と美しく生きる」に込められている。

誰かがやらなければならない仕事

私たちの会社は、埼玉県入間郡三芳町という所にあります。東京方面から車で県道126号線を走り、会社に近づくと美しいくぬぎの木が生い茂る森が見えてきます。私たちが運営する、ここ『三富今昔村』の広さは東京ドームの4個分以上。この中に私たちの本社と再生プラントがあります。プラントの見学には、世界各地から政治家や大使、経営者、ビジネスパーソン、学生など、年間2万人以上が訪れています(※)。海外からお越しになる方の中には、弊社の「廃棄物をゴミににしない技術」「リサイクル化率98%」は驚くべき事実だと仰ってくださる人もいます。諸外国の多くは、いまだに埋め立てが主流だからでしょう。

その取り組みが多数のメディアを通して紹介されるなど、さまざまな面から注目を集めるようになった私たちですが、これまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

現在の代表である石坂典子は2代目にあたります。創業者の石坂好男は、1967年に東京・練馬で前身となる石坂組を創業しました。もともとはダンプで土砂を運ぶ土砂処理業。当時は廃材をそのまま東京湾に捨て、埋め立てていた時代です。“夢の島”とは名ばかりの埋め立て地に次々とダンプカーが訪れ、廃材をそのまま捨てていく光景を目にして、創業者は「こんなことがいつまでも続いていいわけがない。いつかはゴミを捨てる時代を終わりにして、リサイクルする時代にしなくては」と思ったそうです。そこで一念発起し土木解体、廃棄物処理業の法人を設立。産業廃棄物処理という事業は、誰かがやらねばならない仕事であるという強い信念を持ち、産廃が多く出る都心部へのアクセスが良い「くぬぎ山地区」を実質的な創業の地と見定めたのです。

※2017年4月末時点の数字です。

プラントの見学をする小学生たち。全国、世界各地から多くの人々が見学に訪れる。

廃棄物処理から
資源再生へ

家庭や工場などから出る廃棄物は、焼却により容量を減らし、残った灰(燃え殻)を最終処分場で埋め立てるのが一般的です。私たちもかつては同様の方法で処理を行っていました。しかし、そのことが地域の人たちにとっての不安と誤解を生む原因ともなっていました。「焼却技術をいくら進歩させても、根本的な解決にはならない」2001年、私たちは大きな決断を下します。焼却炉そのものを廃止し、廃棄物処理からリサイクルへ事業を転換することを決め、さらにリサイクルが困難な建築現場の混合廃棄物を積極的に受け入れる方針を打ち出しました。混合廃棄物とは、コンクリートの瓦礫や、ガラス、木片など複数の素材が混ざり合った廃棄物。リサイクルに手間がかかるため、同業者の多くが受け入れを拒んでいた廃棄物です。この転換から生まれたのが、現在稼働している全天候型独立総合プラントです。

全天候型独立総合プラントとは、それまで露天に設置していた設備や重機を、屋根と壁で覆って屋内に納めるというもの。「処理場が見えることで不安を感じさせているなら、モノをつくる工場と同じように見えないようにすればいい」という逆転の発想でした。しかし、そのためには全く新しいリサイクル方法が必要でした。悩み抜いた末に、私たちが選んだのは、風の力や篩(ふるい)の仕組みを利用して廃棄物を分別する方法でした。混合した内容物のそれぞれの重さを量り、比重を調べ、風力や篩を使って、どのようにすれば、どう分かれていくか。前代未聞のプラントを作るために、全国のプラントとメーカーを訪ね歩いて話を聞き、機械の組み合わせを研究し、一つひとつ試行錯誤しながら独自の装置を設計。現場に導入した後も、廃棄物を処理するラインを何度も組み直し、さまざまなメーカーの機械を私たちのプラントに合うものにするために改良、改良の繰り返し。本格的に稼働するまでには、実に3年もの月日がかかっています。

廃棄物は、ゴミとして捨てれば終わりです。しかし、再生して使うことができれば資源になります。そう捉えれば、地上は資源で溢れていることになり、資源を削る必要がなくなります。リサイクル化率98%を達成した今も、私たちは満足していません。私たちが目指すのは、リサイクル化率100%。残り2%の壁を乗り越えることを目標に、飽くなき技術への挑戦を続けています。

一人ひとりの意識を
変えるための環境教育

創業から半世紀、私たちには廃棄物処理のあり方を変え、業界の働き方やイメージを変えてきたという自負があります。しかし、事業を進めていく中で大きな矛盾に突き当たるようになりました。それは私たちの事業の糧である廃棄物そのものが抱えている切実な課題についてです。一説によれば、現在のような状況が続けば、2050年には今の2倍の廃棄物が地球を覆っていると言われています。もし、そうなったら、私たちの手に負えないどころか、社会の存続そのものが危険にさらされます。そして、この課題はこの地球上に住む一人ひとりの意識が変わらない限り解決することはありません。そのことに気が付いてから、人と自然と技術の共生を目指した環境教育が、私たちが取り組むべきテーマとなりました。

地球規模で環境への意識が高まりを見せる中、廃棄物処理をはじめ地球温暖化、生物多様性などの問題を解決するためには、「持続可能な開発のための教育(ESD)」が必要だと言われてきました。一方で、日々廃棄物処理に立ち向かう私たちは、環境問題の最前線にいる、とも言えます。環境教育に取り組むにあたって、私たちは「だからこそ、石坂産業にしかできない環境教育があるのではないか」と考えました。その想いを形にしたものが環境教育フィールド『三富今昔村』です。

かつて江戸時代、日本は世界有数の循環型社会だったと言われています。自然に感謝し、自然と共に生きることがあたり前の暮らし。私たちの会社があるここ三富(さんとめ)地区も、そうした里山のひとつでした。ひらかれたのは、300年ほど前。5代目将軍徳川綱吉の側用人、柳沢吉保が、この地のやせた土壌を豊かにするため木を植え、水を生み出し、里山をつくり、三富と名づけました。みんなが自然を大事にし、親しみをこめて雑木林を“ヤマ”と呼び、やまゆりの花が群生していたそうです。ところが私たちの大量生産、大量消費の便利な時代は、里山の有り難みをすっかり忘れ、いつの間にかこの“ヤマ”も、ゴミが散乱する林になっていました。「このままではいけない。大切なことを忘れてはいけない」私たちは三富の森を再生させるために、不法投棄されたゴミを拾うことからはじめました。その結果、少しずつ生物たちが戻りはじめ、2012年にはJHEP認証“AAA”を取得。生物多様性の高い里山に復元することができたのです。

大切なのは、
場と機会を提供し続けること

『三富今昔村』は、この里山を中心とした環境教育のテーマパーク。東京ドーム約4個分の豊かな自然の中で、「森」「食」「農業」などさまざまな体験を通して、「自然と共生する暮らしとは何か」を五感で学ぶことができます。ここで開催される『くぬぎの森環境塾』は埼⽟県知事から「体験の機会の場」(※)第1号に認定され、埼⽟県職業訓練校にも認定されました。まだ⼩中学校などの体験学習や社会科見学の受け⼊れ先にもなっており、年間約3,000人の学校関係者が訪れています。いずれは⼤学と連携して、環境分野の科⽬として、単位になるようにもしていきたいと考えています。ここではまた地域のみなさまやNPOと⼀緒に『やまゆり倶楽部』としてイベントやボランティア活動を⾏っており、2016年春には、『SATOYAMAと共に⽣きるEXPO 〜⾃然、技術、そして100年後の未来〜』を開催。次回は、東京オリンピックが開催される2020年を予定しています。

大切なのは、場と機会を提供し続けること。私たちは、この三富今昔村が「さまざまな人たちがお互いの知⾒を持ち寄り、共に学び、共に育つ場」になることを願っています。

※体験の機会の場認定制度とは、民間の団体が提供する自然体験活動などの体験の機会の場に対し、国、都道府県知事、政令市または中核市の長が認定する制度。

年間を通して様々なイベントが開催される「くぬぎの森交流プラザ」

自分たちができることで
世界を変えていく

世界各国から石坂産業を訪れてくださるみなさま、あるいは代表である石坂典子の著書や講演。こうした出会いをきっかけに、私たちの環境教育のフィールドは海外にも広がろうとしています。ヨーロッパ中から⼈が集まる環境教育の場として知られる『CAT』や、世界的に有名なインドネシア・バリ島の『グリーンスクール』など、海外で展開されている環境教育機関と連携しながら、グローバルな視野で環境教育に取り組んでいきます。イギリスやインドネシア、フィンランドなど、⾃国や自治体の取り組みや課題についての意⾒交換も始まっています。それぞれの国が⼿を取り合い、地球規模で取り組んでいく。それは決して夢物語ではなく、⼀歩ずつ着実に、幕を開けつつあります。

最後に、私たちが最近好んで話す『ハチドリのひとしずく』という本のことを紹介します。これは、南米エクアドルに伝わる小さなハチドリ、クリキンディの物語です。ハチドリをはじめたくさんの生き物たちが暮らす山で、ある日、火事が起こります。ほかの大きな動物たちが我先にと逃げ出す中、たった一羽でその小さなくちばしで水滴を運んでは消火活動に励むクリキンディ。「そんなことをして何になる?」と笑う動物たちにクリキンディはこう返事をしました。「私は、私にできることをしているだけ」

地球環境という大きなテーマは、一人や一企業、さらには一国家だけでも解決できることではありません。これまで紹介したことも、クリキンディと同じく「私たちにできること」にしか過ぎないのかもしれません。そして、私たちは、これからも「私たちにできること」を続けていきます。地域のみなさんや世界中の仲間と手を取り合って、できることから、ひとつずつ。その羽ばたきが起こす小さな波紋が、やがて大きな波紋になることを信じて。

ライター:佐藤 康生

(インタビュー内容は2017年8月の内容です)