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「世界企業を創るためなら事業にこだわりはなかった」。その言葉の真意に迫る。

【株式会社フリープラス(FREEPLUS)】
就職活動中の皆さんなら、“自分が将来やりたいこと”や“その会社を志望する理由”について考えたことがあると思います。でも自分の事とはいえ「これ!」というものを見つけるのは難しいのではないでしょうか? 今回の記事では、22歳という若さで起業し、訪日観光関連事業で「世界企業」の実現を目指すFREEPLUS代表取締役社長の須田健太郎さんに、「どのように信念を見つけたのか?」「何のために働くのか?」というテーマでお話を伺ってきました。皆さんの就活に少しでもお役に立てたら嬉しいです。

 


須田健太郎さん
マレーシア クアラルンプール出身。大学中退後、IT企業へ入社。2007年に22歳で株式会社フリープラスを設立。2010年に訪日観光事業へ参入。「人生に残る思い出をプレゼントする」というビジョンを掲げている。

 

成人式の夜、ふと起業しようと考えた。

 

-本日はインタビューを受けていただきありがとうございます。就職活動中なので、働くことについて色々と聞かせていただきたいです。よろしくお願いします!

須田:
就活生ってことは21歳くらいですよね? それなら、今から世界を制覇できます。

-ええ!世界制覇ですか!?私、英語が全然話せないのですが出来ますか?

須田:
出来ますよ、あなたが本気でやりたいと思うなら。僕も、起業したのは22歳の頃だったので。若いうちから、自分の可能性を捨てるのはよくないです。

-たしかに、出来ないとあきらめていたかもしれないです。というか、考えたこともなかったです…。須田社長は、何か本気でやりたいことがあって、起業しようと思ったんですか?

須田:
きっかけは、20歳の成人式でしたね。同級生たちと楽しい時間を過ごしたその日の夜、眠りにつくベッドの中でふと「成人式はもう一生やってこないんだ」という当たり前の事実に怖くなったんです。過ぎてしまった1日1日はもう二度とやってこなくて、その延長線上には“死”しか待っていない。自分がこの世に生きた証も消えてなくなっちゃうんじゃないか。そんな不安に駆られて、どうにかして自分の生きた爪痕を世界に残したいと思ったのがきっかけでした。

-普段から“生きている意味”みたいなものを考える学生だったんですか?

須田:
いえ。それまでは死について考えたこともなかった。それどころか、ビジネスなんて全く興味なかったですから、世界に生きた証を残す手段として「起業」という道を選んだことに自分でも驚いています。

-突然だったんですね、すごい!の一言です。でも、どうして起業だったのでしょうか?

須田:
自分一人で世界レベルの人間になるのは難しいと思ったからです。幼い頃から音楽や陸上競技をしていて、国内では表彰されるくらいの結果は出していました。けれど、世界レベルではなかった。1人では世界に通用しないと実感したんです。そこで思いついたのが起業でした。会社という組織だったら、僕一人じゃなく仲間の力も借りて、会社を世界レベルにできる。そして、たくさんの人を幸せにできたら、この世界に少しは貢献できるんじゃないかと思ったんです。
 それからまず、26歳までに必ず起業するという目標を掲げました。日々の意思決定も、目標を達成するための最善の選択をしました。それで、大学も意味がないと思って中退してしまったんです。

-えっ!ご家族は反対しなかったのですか?

須田:
もちろん反対されました。「あと1年待ったら卒業だから、親のためだと思って待ってくれ」と言われましたね。でも、自分は親のために生きているわけではないと、反対を押し切って辞めたんです。ちなみに、大学を中退して就職した会社も3日半で辞めてしまって、「仕事辞めてきた」と父親に報告したら「どういうことだ!?」と火に油を注ぐ結果に(笑)。今思うと、めちゃくちゃな息子ですよね。
 それから再就職してお金を貯めて、22歳でまず、勤めていた会社と同じITエンジニアの派遣ビジネスで起業しました。その後、SEO事業に展開し業績が安定してきた頃に、改めて「世界企業」になることができて、かつ自分の人生を捧げたいと思えるビジネスを探そうと考えました。それが、訪日観光事業への参入です。

 

やりたいことより、
使命を果たすための仕事選び。

 

-なぜ、訪日観光事業を選んだのでしょうか?

須田:
ポイントは2つあります。1つ目はいきなりグローバルに展開できること。日本の企業が大阪で起業した場合、成功したらその多くはとりあえず東京、そして福岡と拡大していきます。しかし、そんなことしていたら年を取ってしまいますよね。世界企業を目指していましたから、一気に発展できることを重視していました。2つ目はサービス業であることです。僕は人とのふれあいが好きなので、モノを作って売るというようなビジネスには興味がなかったんです。

-人とのふれあいが好きだとおっしゃられていましたが、何かきっかけみたいなものがあったんですか?

須田:
17歳くらいの頃、僕がハンバーガーショップでアルバイトをしていた時の話なんですけど、お店に毎日コーヒーとハンバーガーを買いに来る、いつも陽気で明るいおっちゃんがいました。ある日、来店したおっちゃんの元気がなかったんです。それがすごく寂しくて、でも声をかけられるような仲でもない。何か僕でも励ますことは出来ないだろうかと考え、いつも以上の笑顔で接客したんです。そしたらおっちゃんが喜んでくれたような気がして。その時に、「今なんか、ブラックコーヒーとハンバーガー以上の価値を提供できたんじゃないか」と不思議な気持ちになったんですよ。それがすごく心のどこかに残っていて、「人と人の心がふれあう瞬間」に感じる幸せが、僕は好きなんだなと気づいたんです。

-日常の何気ない一コマからでも、自分の人生にとってかけがえのない価値観を見出すことができるんですね。私も意識して生活してみようと思いました!
では具体的に、「サービス業」「グローバル展開」の2つのポイントから、どのようにして訪日観光事業に結びついていったのでしょうか?

須田:
どんな仕事でもよかったのですが、どうせ新しい事業をやるんだったら、この国が元気になることをやらなきゃいけないと思ったんです。2011年、日本のGDPが中国に追い越されて42年ぶりに世界2位から転落してしまいました。僕はそれがすごくショックだったんです。戦後、死に物狂いでこの国を立て直し、焼け野原からたった23年で経済大国へと育ててくれた先輩たちにも申し訳ない。これからの日本を担っていかなくてはならない若者の我々が、この状況を目の前にして何もできないのが、すごく歯がゆいというか、苦しくて悔しくて。何か自分にできることはないか、と葛藤しました。その結果、「俺は起業家だ」と。「ビジネスでこの国を元気にしなきゃいけない。やりたいじゃない」と、自分の中で使命感のようなものが芽生えたんです。
 そして、2つのポイントから考えた時に、「日本の観光立国を成し遂げ、日本のファンを世界に広げ、日本の元気の原動力となる」ビジネスをやろうと決意しました。多くの外国人観光客の方々に日本を訪れて頂くことで、日本に元気を取り戻し、経済的にも外貨が日本に入ってくる。さらには、日本の観光を通じて、外国人に日本を好きになってもらえたら、世界中に笑顔をたくさん増やすことができる。それが僕の、そしてFREEPLUSの使命であり、存在意義だと考えたんです。

 

-とても素敵ですね!FREEPLUSで働いている社員さんたちは、その想いに共感された方が多いということですよね?

須田:
そういう人は多いと思いますよ。日本人のスタッフであれば、地方を元気にしたいとか。外国人のスタッフは19ヶ国の人がいるんですけど、日本が好きでもっと自分の国の人たちに知ってもらいたいとか、韓国人スタッフなら国同士の仲が悪いのが嫌だから、お互いに良いところを知って欲しいとか。日本のファンになってもらって、平和に貢献したいと思って働いてくれていますね。

 

旅行会社の枠を超えた、
FREEPLUSのインバウンド事業とは?

 

-ここで改めて、FREEPLUSさんの事業内容についてお聞きしてもいいですか?

須田:
事業は大きく3つに分けることができます。訪日旅行事業、ホテルマネジメント事業、観光立国推進事業です。1つ目の訪日旅行事業は、日本旅行の企画をし、海外の旅行会社に提案しています。 海外の旅行会社は、そのツアーに観光客を募集し、ツアーが催行となれば、FREEPLUSはその旅行に必要な宿泊施設やレストラン、移動交通機関などを手配します。 日本旅行をお客様に販売するのは海外の旅行会社ですが、日本旅行の裏側を支えているのは、私たちです。現在は、38カ国 約1,000社の旅行会社との取引実績があり、年間7万5,000人以上の訪日外国人観光客のツアーを取り扱っています。2つ目のホテルマネジメント事業では、訪日観光客向けの宿泊観光特化型ホテル 『FP HOTELS』 を、大阪の新今宮に2棟、福岡の博多に1棟運営しています。 

-新今宮って少し治安が悪いイメージがあるのですが、なぜそこに作ろうと思われたのですか?

須田:
たしかにそういうイメージがありますよね。特に当時は簡易宿泊所ばかりで、ホテル業界はどこも手を出さない、という状況でした。でも、外国人の感覚からしたら新今宮の治安は決して悪くないんですよ。海外のスラム街のほうが悪いですから。それどころか、立地的に新今宮は観光地である難波に近く、関空までのアクセスも良い。しかも、外国人観光客が行きたいドン・キホーテや100円ショップも集まっている。そして何より、誰も手をつけていないから、土地が安いんですね。「これはすごいかもしれない」と思って、周囲に反対されながらも、ホテルをやることにしたんです。

-意外な穴場だったということですね!

須田:
そうですね。おかげでホテルマネジメント事業は1年目から黒字化することができました。その他の要因としては、サービスの繋がりがあげられます。通常、新しくホテルを作ると集客に苦労します。しかし、FREEPLUSでは訪日旅行事業で宿泊客を大量に取り扱っているため、そのまま自社のFP HOTELSに送客することができる。さらには、8年間 FREEPLUSが訪日旅行事業で培ってきた情報やノウハウを活かして、海外宿泊者が日本に求めるホテルのハードやソフトの設計を行なっています。土地が安い分、そういった価格帯や、部屋の大きさ、設備、朝食などに還元することができるため、利用者の満足度が非常に高いんです。


-サービスの繋がりが、ビジネスとしての独自性を生んでいるんですね。

須田:
3つ目の観光立国推進事業もまた、訪日関連事業を行ってきたノウハウを訪日市場の調査やプロモーションなどに生かしたものです。日本各地の自治体を取引先として、どうやったらインバウンドを増やせるかを支援する地方創生事業と、日本企業を取引先としたインバウンドマーケティング事業があります。 インバウンドマーケティング事業では、例えば日本のお菓子メーカーさんが訪日観光客向けにお土産を作りたいと企画した際に、「そのパッケージはどんなデザインが受けるか?」という調査をお手伝いしたりしています。

 

社長自ら考案!誰でもできる仕組みを作る。

 

-とてもビジネスが上手くいっているように思うのですが、苦労されたことはありますか?

須田:
もちろんあります。訪日事業をはじめた時は、本当にゼロからスタートしたので、ノウハウなし、人脈なし、経験なし。仕組みを作り上げるのがとても大変でした。ノウハウがないから僕自身も現場に出て働いて、誰でもできる仕組みを考え、それをみんなに引き継いでいくというスタイルを取っています。

-須田社長ご自身が働いていらっしゃったんですか!例えば、どんな仕組みを作ったことがありますか?

須田:
最近だと、2019年1月にオープンしたFP HOTELS 福岡博多キャナルシティ前。ここのチェックインフロントがバーになっていて、チェックインと同時にウェルカムドリンクも提供しているのですが、バーのノウハウを持っている者がいなかったんです。そこで、僕がまず大阪の北新地にあるバーに修行しに行って、お酒の作り方を教わり、1からメニューを作りました。それが今ではメニューが90種類にまで増えていますね。

-バーテンダーを雇おうとは思われなかったのですか?

須田:
バーテンダーを雇うと絶対に癖があるじゃないですか。1年はシェイカーを振らさないとか、下積みが大事だとか。僕は、職人の世界でやるバーを作りたい訳ではないので。教えたらアルバイトの子でも1日でできちゃう、みたいな仕組みが好きなんですよね。そのためにレシピを細かく書いて、作り方の動画も撮りました。注文が入ったらカンペを見に行って作るみたいな感じです(笑)。これは、どんな仕事でも基本的には同じです。経験のある人を雇うのではなく、自分たちがやりやすい仕組みを作って解決するというようにしています。

-須田社長のこだわりを感じます。FREEPLUSさんらしくてすごく面白いです。他に社風としての強みを教えてください。

須田:
強みは、普通の企業では考えられないスピードと判断力で行動していることです。2010年に1人で訪日観光事業をはじめたんですが、海外に進出する時もとりあえず上海に行ってみよう!という感覚で動いていましたね。それがFREEPLUSの文化になっていて、上海だろうがヨーロッパだろうが関係ないです。「検討します」とか「一旦持ち帰ります」とか、ビジネスの現場では多いじゃないですか。そういうのをなるべくなくすために、常にPCを開いて、すぐに決裁者に確認できるようにしておくことで、誰でも早く意思決定することができる。ピッと感じたらパッと行動するという人間的な情熱とか、企業としての文化を作りたかったんです。その対応の速さや柔軟さが、ヨーロッパやオーストラリアでは強みになっていて、多く取引に繋がっているんだと思いますね。

 

今一度、何のために働くのか?

 

-最後に、どういう人と一緒に働きたいですか?

須田:
え、ガチのやつ(笑)。生活の手段として仕事を探している人ではなく、自分のやりたいことが“ここ”にあると明確にわかっていて、自分の人生の目的や使命を達成するためにFREEPLUSを利用できる人ですね。

-お話を聞いていて、自分の信念や使命ってなんなんだろうと思ってしまったのですが、学生のうちから持っていないといけないものなのでしょうか?

須田:
普通は持てないかもしれません。けれど、このままだとただ死ぬだけですよ。僕はそれが虚しいなと思ってしまうんです。「自分が本当にやりたいことって何なんだろう?」と素直に考えるといいですよ。西川さんは、もし完全に人生が自由だったら、何がしたいですか?

-うーん…、ずっと遊んでいたいです。旅行して、好きなときに好きなものを食べていたいです。

須田:
じゃあ、いつでも旅行にいける、いつでも遊びにいける、その為には仮に年収3000万円くらいは必要だとします。それで、年収3000万円稼げる仕事ってなんだろうって考えてみるとか。本当にそれがやりたいことなら、そういう仕事の選び方もあると思います。でも、まあ、ずっと遊んでいるだけの人生なんて飽きると思いませんか?(笑)。僕なんかは、旅行で行きたいところも特にないし、欲しいものもどんどん何もなくなってきています。

-では、須田社長はやはり仕事をしている時が一番楽しくて輝いているんでしょうか?

須田:
楽しいと思うのは、前進できた時です。社長ですから、自分がしたい仕事をしているんじゃないかと思われがちなんですけど、そんなことはないです。仕事って自分で選べないんですよ。仕事って誰のためにするんですか?誰からお金もらうんですか?お客様ですよね。お客さんが仕事をくれる。でも、お客さんって自分のために存在しているわけではないんです。だから、お客さんは僕に合った仕事をくれるわけではない。仕事は、基本的には選べない。いただいたものに対してちゃんと貢献しないといけません。
ただ、どっちの方向に進みたいかは、自分で決めることができる。例えばホテルができた時、「あぁ、ようやく長年の夢だった、自分たちのスタッフが直接お客様をもてなして愛あるサービスを提供できる。僕が進みたい方向に前進できたな」と実感して、とても心が満たされる気分でした。仕事自体が楽しいわけではない。思い通りにはほとんど行かないし、嫌なことだってある。なんなら嫌なことばかり。どれを選んでもすごく大変。でも、前進できたらなんだって嬉しい。自分の使命を果たすために、僕はこういう生き方を選んだんです。

-自分なりの信念を持たれていて、とても参考になりました。私からの質問は以上です!本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました!

~編集後記~
信念を持つことはなかなか難しいかもしれませんが、持つことが出来れば必ず視野が広がるし、そのためにやるべきことも明確になるのではないかと感じました。 改めて自分がどうなりたいか、どうなっていたら思い残すことなく人生が終えられるか。自分自身を見つめ直し、せっかく生きているのだから私も誰かを幸せにしたり、世の中に貢献できる何かを残したいと思うようになりました。
 インタビューから3ヶ月。普段から意識して生きていれば、日々の生活の中にもたくさんの気づきがありました。その中で見えてきた私の信念は「かけがえのない毎日だからこそ、何事にも全力で取り組み、目の前の人に愛を持って接する」ことです。人生は1度きり、だれの人生もいつ終わりが来るなんてわからない。だからこそ、やり残したことがないよう一瞬一瞬を大切に生きて、自分の家族や友人など目の前の人をまず幸せにしたいと思いました。これからも何のために生きているのかを考えつづけていきたいです。

 

 

和のコンセプトで統一されたエントランス。壁紙は和紙でできており、ガラス張りの床の中には畳が敷かれている。

 

「日出づる国」と書かれた掛け軸は、書道家である紫舟さん作品。

 

FREEPLUSのロゴも輪(和)を意識しており、エントランスのサインは鍛冶職人に作ってもらったそうです。


FP HOTELS 福岡博多キャナルシティ前のチェックインフロント&バー